どうやらメガネの少年はボーダー隊員だったらしい。白い隊服姿になった彼は、近界民に攻撃を仕掛け、捕らわれていた男を逃がすことに成功した。しかし、パワーが足りていないのか、彼の攻撃はあまり近界民に効いていないように見える。
苦戦するメガネの少年を見た空閑は、何やらブツブツと独り言を呟くと、メガネの少年同様に近界民の方へと走り出した。

そして、



『強』印ブースト二重ダブル



せーーーーのっ!」



ドオオオンッとけたたましい音を立てて、近界民が砕け散る。その一瞬のことに、なまえはポカンと口を開けた。なんて、凄まじい攻撃なんだろう。それにあの人間離れした素早さ……只者ではない感じだ。
砂埃が舞う中、体勢を崩さずに地へと足をつけた空閑は、余裕ありげな表情で口を開いた。



「よう、平気か?メガネくん。」

「…メガネくんじゃない。三雲修だ。」

「そうか、オサムか。おまえ、トリガー使っても弱いね。かっこつけて飛び出してったわりには。」



空閑の辛辣な発言に、メガネの少年ーー改め、三雲は「ぐっ…」と苦渋の表情を浮かべる。しかし、すぐに気持ちを切り替えると、派手に破壊された住宅街をキョロキョロと見渡した。
「他の連中は…?」と尋ねる三雲に、なまえは「全員無事に逃げたわよ」と伝え、座り込む三雲を引っ張り起こす。そして、換装を解く二人を見て、感心したように呟いた。



「あなた達、二人ともボーダー隊員だったのね。」

「ん?おれはボーダーじゃないよ。」

「えっ、そうなの?」

「?でも、そのトリガー…。」

「ああ、こいつは親父のトリガー。死んだ親の形見だ。『もしオレが死んだら日本に行け。オレの知り合いがボーダーっていう組織にいるはずだ』。親父はいつもそう言ってた。だから、おれは日本に来たのさ。」

「なるほど。親父さんがボーダー関係者だったのか…。」

「いやいやちがう。ボーダーなのは親父の知り合い。親父はボーダーと関係ないよ。」

「「??」」



ぶんぶんと手を振りながら否定をする空閑に、なまえと三雲は頭上に疑問符を浮かべた。

トリガーというのは近界民を倒すための武器で、ボーダーの人間しか持つことを許されていないのだと、幼馴染から聞いたことがある。それなら、なぜ親も本人もボーダー関係者ではない空閑がトリガーを持っているんだろうか。
同じことを思ったらしい三雲が疑問を口にすると、空閑は「それは“こっちの世界”でのハナシだろ?」と、唇を尖らせながら言った。



「おれはゲートの向こうの世界から来た、おまえらが言うとこの“近界民”ってやつだ。」

「なっ、」

「……!?」


(この子が、近界民…!?)



なんてことないようにそう告げた空閑は、自分から大切なものを奪っていった“あの近界民”とは似ても似つかなくて。
けれど、悪い冗談にしてはあどけない笑顔が、彼女の胸の内を剣呑なものへと変えていくのだった。





死にたがりな幼馴染04





空閑遊真が近界民だった。

警戒区域から随分と離れた繁華街を歩きながら、詳しい説明を求める二人に、空閑は律儀に近界民のことを教えてあげた。
彼女達がこれまで“近界民”と認識していたものは、“トリオン兵”と呼ばれる近界民が作り上げた兵隊人形であり、門の向こうに住んでいる近界民は彼女達と同じような“人間”なのだと。

それがもし本当なのだとしたら、なまえの家族や友人を殺したのはトリオン兵を操作していた人間ネイバーだということになる。そんな話、聞いたことがない。しかし、なまえには空閑が嘘をついているようにも思えなかった。



(只者じゃないって感じはしてたもの…。多分、空閑くんの言っていることは全て真実。彼は近界民。それなら、私は……!)



黙り込む二人に、空閑は「でも、おれはさっきのとカンケーないよ?」と、ケロッとした顔で言いのける。さっき、躊躇なくトリオン兵を倒していたし、自分達に敵意を向けてくることもないから、この話も本当なんだろうと思った。


でも、そんなことはどうでもいい。



「…ねえ、空閑くんにお願いがあるの。」

「ん?なんだ?」



突然なまえがそう口を開けば、空閑はきょとんとした顔で首を傾げた。小学生にも見える幼い顔立ちに、悪意のない赤い瞳が真っ直ぐこちらを見据えている。彼はどこからどう見ても“普通の人間”だった。

けれど、彼は近界民。4年前、自分から大切なものを奪っていった、あのトリオン兵を作り出した憎き近界民なのだ。



4年前に見たあの地獄絵図を彼女はずっと忘れられずにいる。大好きだった両親も、仲の良かった友達も、優しくしてくれた大家さんも、憧れてた近所のお姉さんも。
みんな、みんな、殺されてしまった。彼女にとっての幸せは、突然やってきた異次元の侵略者達によって、一瞬にして破壊されてしまったのだ。

大事なものを沢山失って、そこに残ったのは絶望だけであった。どうして、自分は生きているんだろう。こんな残酷な世界で、これから何を希望にして生きていけば良いんだろう。
毎日そればかりを考え、夢の中でさえもその苦痛に苛まれる。しかし、残念ながらこの胸の痛みを時間が癒やしてくれることはなかった。

だから、彼女は警戒区域あそこに行くのだ。それが今の彼女の、唯一の願いであるから。



醒めない悪夢を終わらせるため

大好きだった人達と同じように



近界民によって終止符を。



「あなたが本当に近界民なのだと言うのなら、どうかお願い。私を殺して。」



なまえのその言葉に目をぱちくりした空閑は、あまり考える素振りを見せずに「え、やだ」と拒んだ。断られる予想はしていた。それでも、彼女は諦めず「それはどうして?」と食い下がる。
 


「どうして?うーん……そりゃ、おまえを殺す理由がないからな。」

「理由…?そんなものなくたって、近界民あなたたちはたくさんの人間を殺してきたじゃない!何の罪もない人達を…!」

「むこうの世界にもいろんなやつがいる。こっちにだって、日本以外にもいろんな国があるんだろ?おれは確かに近界民だけど、むやみに人を殺そうとは思わない。」

「……っ、」



迷いのない赤い目がじっとこちらを見つめる。彼の言葉に、なまえは困惑の表情を浮かべた。それはつまり、近界民にもいい近界民と悪い近界民がいるということなんだろうか。
脳内で『近界民は全て敵だ』という幼馴染の声が聞こえてくる。…そうだ。近界民は大好きな人達の命を奪っていった。近界民は全て敵だ。目の前の男も例外なく、敵なのだ。



(……本当に?)



なまえは近界民の存在をよく知らなかった。トリオン兵のことも、近界民が人間であることも、何も知らなかった。近界のことを何も知らないくせに、近界民だから敵なのだと勝手に決めつけて良いものだろうか。

心が酷く揺さぶられる。煩悶する彼女を他所に、空閑は「腹が減った」と、ぐうと鳴くお腹を抑えた。

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